全日本漢詩連盟 The All Nippon Classical Chinese Poetry Association

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(2003年10月01日)

癸未正月二日向陵諸生招宴西湖樓
上有感賦諸生

漢字文化振興会会長 元日本銀行総裁  三重野 康
癸未正月二日向陵諸生招宴西湖樓
 上有感賦諸生
 
蒼茫天欲暮水色淡如秋疎柳西湖岸孤霞
東叡樓蘭釭照華髪雛鳳入青眸好盡一尊
酒同銷千古愁
蒼茫トシテ天暮レント欲シ 水色淡クシテ秋ノ如シ
疎柳[ソリュウ]西湖[セイコ]ノ岸 孤霞[コカ]東叡[トウエイ]ノ樓
蘭釭[ランコウ]華髪[カハツ]ヲ照シ 雛鳳[スウホウ]青眸[セイボウ]ニ入ル
好ンデ盡クセ一尊ノ酒 同ジク銷[ケ]サン千古ノ愁

ようやく日が暮れようとしているが、水色は淡く秋のようだ。西湖とは上野の不忍池のこと。江戸の文人はそう称していたらしい。不忍池のほとりに柳があり、遠く寛永寺のあたりに霞がたなびいている。蘭釭は蘭灯。料亭の灯が、自分の白髪を照している。前途ある若者たちが眼の前にいる。さあ今宵は一樽の酒を飲んで、お互いに無限の愁を消そうではないか。

三重野 康

私の旧制一高時代の恩師、阿藤伯海先生の詩である。昭和16年4月、私は満州の鞍山中学校を卒業、一高の門をくぐった。

伯海先生の漢文の授業は大変新鮮であった。背が高く痩身の先生が、羽織袴に白足袋で飄々と教室に現われ、論語を講ぜられた。

そのうち数人の仲間と、毎週1回、放課後唐詩選を講じて頂いた。実に楽しい一時であった。私共は今だに藤門の諸生と称している。

先生は昭和19年、故郷の岡山県鴨方町に帰られ、同40年亡くなれた。

次の漢詩は先生の故居を歌われたものである。

臥龍庵題臥龍松
閲盡風霜木更強秦官冠葢至今蒼月明仙
鶴南飛後猶見蛟龍擁屋梁
風霜[フウソウ]ヲ閲[ケミ]シ盡シテ木更[サラ]ニ強ク
秦官[シンカン]ノ冠葢[カンガイ]今ニ至リテ蒼[アオ]
月明[ゲツメイ]ニ仙鶴[センカク]ノ南飛[ナンピ]セシ後
猶見ル蛟龍[カウリョウ]ノ屋梁[オクリョウ]ヲ擁スルヲ

秦官とは秦の時代に、ある松の木に官位を授けたという故事による。冠葢とは冠と車のおおい。従ってひろがった松の枝を指す。風霜に耐えた老松、月の明るい夜、その松から南へ飛ぶ仙鶴。その後には屋根におおいかぶさるように龍が見える。

なんとも幻想的な漢詩である。

(三重野康氏は全日本漢詩連盟相談役)


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