投稿・寄稿記事
随想もろもろ
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| 春山如夢雨如煙 | 春山[しゅんざん]は夢[ゆめ]の如[ごと]く 雨[あめ]は煙[けむり]の如[ごと]し |
| 時有落花翩碧漣 | 時[とき]に落花[らっか]の碧漣[へきれん]に 翩[ひるがえ]る有[あ]り |
| 風趣盎然詩味足 | 風趣[ふうしゅ]盎然[おうぜん] 詩味[しみ]足[た]る |
| 歌船繋在畫橋辺 | 歌船[かせん]は繋[つな]いで 画橋[かきょう]の辺[あたり]に在[あ]り |
このたび思いもよらず入賞の栄を戴きまして有り難うございました。又、愛媛県県民総合文化祭・漢詩大会に於きましては名流の先生に吟舞して戴きましたことは終生忘れることの出来ない思い出となりました。
またこの素晴らしい大会を開催されました全国漢詩大会会長伊藤竹外先生ならびに大会実行委員の諸先生方に心より厚くお礼申し上げます。本当に有り難うございました。
天下の名勝とうたわれる嵐峡の詩を作ってみようと、「嵐峡」について「広辞苑」を引きますと、嵐峡とは、嵐山の麓を流れる大堰川の山峡を云う。また大堰川とは、丹後山地から亀岡盆地を経て、京都盆地北西隅、嵐山の下へ流れ出る川。亀岡盆地と京都盆地の間は保津川とも云い、下流を桂川とも云う。嵐山付近では平安時代、管弦の船を浮かべて貴族が宴遊したと載っておりました。
また花見や京都見学に参りました節、戴いたり買い求めましたパンフレットや小冊子などを繙いて居りましたところ、市河米菴の「雨中鴨川晩望」と題す七言絶句、「川雲溌スルガ如ク雨傾クガ如ク・三四條橋暮色横タハル・水ヲ渡ル帰牛薪ヲ戴ス婦・コトゴトク淡墨畫中ヨリ行ク」、と云う詩が載っておりました。この詩を見て詩題を「雨中嵐峡」とし、この詩の起句より、起句の三字句を「雨如煙」としようと思いまして韻を先韻と決めました。
まず結句に詩語の三字句より「柳橋辺」を選び「管弦船繁柳橋辺」の句を作り、転句に「詩境足」を得て「明媚風光詩境足」とし、起句に最初に思った処の「雨如煙」、承句に「翩碧漣」を得て、起句を「春山如笑雨如煙」と為し、承句を「又有落花翩碧漣」として「春山如笑雨如煙・又有落花翩碧漣・明媚風光詩境足・管弦船繁柳橋辺」と一詩を成し得ましたが、起句の雨中に見える山が「如笑」ではおかしいので「如夢」に改め、転句「風光明媚」を「明媚風光」では、もうひとつ感心しませんので、「風趣盎然」に改め、下三字句の「詩境足」を「詩味足」に改めました。
転句の「管弦船」を「歌船」とし、下二字句を「繁在」とし「柳橋」を「畫橋」と、推敲を重ねて作詩しました。
| 劫後走奔超俗縁 | 劫後[ごうご]走奔[そうほん]して 俗縁[ぞくえん]を超[こ]ゆ |
| 挽回奎運育英賢 | 奎運[けいうん]を挽回[ばんかい]して 英賢[えいけん]を育[はぐく]む |
| 萬編留得愛人志 | 万編[ばんぺん]に留[とど]め得[え]たり 人[ひと]を愛[あい]する志[こころざし] |
| 碑與亀城聳碧天 | 碑与[ひと]亀城[きじょう]と 碧天[へきてん]に聳[そび]ゆ |
千人の同志が集うて「三道一如」の大輪が見事に咲いた全日本漢詩大会で図らずも四国漢詩連盟会長賞に選ばれ、その上「書道吟」で伊藤会長が揮毫された書を頂き、二重の喜びで一杯です。
十数年前、十題の課題詩から抽選で指導方法を発表する師範試験の準備の為、伊藤竹外先生が他流派の会員にも門戸を開放されている六六庵幹部研修会で「詩心、アクセント、音程、節調他」の吟詠学を勉強しました。
その課題詩の中に「石鎚霊峰」があり、作者小原六六庵先生の遺徳を知りました。先生は戦後、国の復興を願い東奔西走して愛国精神を説き、書道、吟詠、漢詩を指導して健全な青少年の育成に心血を注がれ、昭和25年愛媛県吟剣詩舞総連盟を結成されて初代会長に選ばれました。生涯無私に徹し誠の精神を貫いた六六庵先生に感銘し、課題にさせて頂きました。
誰からも愛吟されている「松山城」の立派な詩碑が城山の登山口の東雲神社境内に鎮座しています。
吟詠に漢詩の勉強が大切であることを知り数人の仲間が田丸竹鵬先生に手ほどきを受けて現在に至りました。毎月の風雅集、大会後記、漢詩集等をパソコンで入力するお手伝いをさせて頂き勉強になりましたが、未だに詩債多くこの度の身に余る光栄は良き師に恵まれた吟縁、天寵のお蔭と感謝しております。 これからも初心を忘れずより前向きに取り組む所存ですので宜しくお願い致します。
| 集來騒客越臺隈 |
| 三道一如心技開 |
| 芙蓉畫筆撥雲顯 |
| 壇上合吟轟萬雷 |
| 管弦鉦鼓和宮商 | 管弦[かんげん]鉦鼓[しょうこ] 宮商[きゅうしょう]に和[わ]し |
| 楚楚輕輕舞作行 | 楚楚[そそ]軽軽[けいけい] 舞[も]うて行[れつ]を作[な]す |
| 老幼娘郎皆化呆 | 老幼[ろうよう]娘郎[じょうろう] 皆[みな]呆[ほう]と化[か]し |
| 阿波城下一宵長 | 阿波[あわ]の城下[じょうか] 一宵[いっしょう]長[なが]し |
私が抱いている阿波踊りのイメージは次のようなものである。 阿波踊りは、江戸時代から今日まで続いており徳島県の夏の風物詩である。連というグループがあり桟敷という演舞場に登場してくる。小気味よい三味線、鉦、太鼓のリズムが響く。「エライヤッチャ・・・踊る阿呆に見る阿呆」の囃子がはいる。老いも若きも踊りに参加する。男は勇壮、軽快に、女は清楚に慎ましく踊る。人々の踊りは深夜まで延々と続く。
これを作詩したい。
作詩に当たっては、服部承風先生が著書の中で述べられている「意は景に託す」を、又愛媛の吹城吟社の小原博舟先生が指導の中で言われる「二句一章の意脈をスムーズにする」を注意しました。
起句は三味線、鉦、太鼓の聴覚から言葉を探し、承句は踊り手の舞姿の視覚から探してゆくと、どうにかまとまりました。
転句、結句については、どういう言葉を結句に置けば、詩題が生きるのか、情景が浮かぶのか考えました。結句の三字一宵長を据えて転句、結句と結びつけてみました。
出来上がった詩で、少しでも阿波踊りの情景を思い浮かべてくれればうれしく思います。


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