投稿・寄稿記事
随想もろもろ
|
| 松靑沙白列滄浪 | 松[まつ]は青[あお]く沙[すな]白[しろ]く 滄浪[そうろう]に列[れっ]す |
| 萬疊銀濤通太洋 | 万畳[まんじょう]の銀濤[ぎんとう] 太洋[たいよう]に通[つう]ず |
| 富嶽佩雲仙脚滑 | 富嶽[ふがく]佩雲[はいうん] 仙脚[せんきゃく]滑[なめら]かにして |
| 聯翩群鶴似霓裳 | 聯翩[れんぺん]の群鶴[ぐんかく] 霓裳[げいしょう]に似[に]たり |
私の両親の郷里は駿河湾に面しています。戦禍終熄と共に名古屋から筑豊に移住し、60年間安住の地として、翁媼合わせて187歳を迎え、悠々自適の生活を送っています。
時折「もう一回三保へ帰ってみたいなー」と呟きます。図らずも募集課題の“扶桑の名勝”を見て、咄嗟に「三保の松原」を漢詩にして帰思切々の両親に贈りたいと筆をとりました。推敲に四苦八苦の最中、両親の代理で静岡へ出向という奇遇があって、40年振りに三保の浜に立ちました。
生憎の曇天。伝説を秘めた羽衣の松は随分老朽化していましたが、私の瞼の裏には、雪を冠した美しい富士山や羽衣を翻して舞う天女の姿が写っていました。
漢詩入門の機会は、月刊誌吟剣詩舞漢詩講座、伊藤竹外先生の吟詠家に対する苦言に発奮し、一念発起の2作目が2004ふくおか国文祭大宰府漢詩大会に入選の喜びでした。
爾来、有吉呂城先生に師事する学習の身で元々浅学非才、作法も白文読解力も十分でなく、只管詩題に沿って見・聞き・感じた儘に詩語を拾い出して組み立てるのに熱中しています。頼りは、40年来の詩吟と剣詩舞の経験を通して親しんだ諸々の詩で、今、詩作りの糧になったことを有難く感じています。
この度は、まさかの栄誉ある受賞に、分に過ぎるものと戸惑いましたが、両親の喜びは一入で、拙詩を飾り額に納め、祖父母の面影を浮かべて故郷への夢を追っている様です。
漢詩の勉強で多少の親孝行が出来た事に感謝して、厚く御礼申し上げます。これからは、伊藤竹外先生始めスタッフの皆々様の熱意炸裂した素晴らしい構成に加えて頂いた感動に報いるべく、三道一如の精神高揚を目指して努力致します。
| 對牀翦燭舊青袍 | 対牀[たいしょう] 燭[しょく]を翦[き]る 旧青袍[きゅうせいほう] |
| 相許貧交雙鳳毛 | 相許[あいゆる]す貧交[ひんこう] 双鳳毛[そうほうもう] |
| 才子唱酬元白契 | 才子[さいし]の唱酬[しょうしゅう] 元白[げんぱく]の契[ちぎり] |
| 詞華文彩國風高 | 詞華[しか] 文彩[ふんさい] 国風[こくふう]高[たか]し |
私の「子規と漱石」の詩は1999年5月松山への旅行のとき愚陀仏庵へ立ち寄ったおりの作で、愚陀仏庵での子規と漱石との交友に深く感銘を受け、後日作詩したもので、この交友は白楽天と元稹との交友に勝るとも劣らないものであることを着眼点として把らえたもので、今回の全漢詩連の漢詩大会に応募した。
松山で漱石の下宿、愚陀仏庵に子規が同居し、文字通り對牀燭を翦り、貧しいながら深い交友により互いに切磋琢磨し、日本の文芸の躍進に寄与したもので、当初の私の作品から、服部承風先生の助言により舊同袍を舊青袍に漱子唱酬を才子唱酬に改めた。
若い子規と漱石には青袍がピッタリで、元稹と白楽天も相互に唱酬を重ねており、才子の唱酬が最もふさわしく、これを改めて応募し、四国の先哲篇として優秀賞を賜った。
子規との交友により漱石の創作活動が開眼されたことは言うまでもなく、漱石が小説界に人気を博したのも子規あってのことであり、子規もまた漱石の影響をうけたもので、元稹・白楽天より更に相互に啓蒙が深かったのではないかと想像される。


Copyright © 2010 全日本漢詩連盟
All Rights Reserved.