投稿・寄稿記事
随想もろもろ
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私が漢詩の世界というものに初めて触れたのは、中学3年生、15歳の時の事であります。それは国語の授業で先生から、漢詩二首が宿題として与えられたことに因ります。その詩は孟浩然の「春暁」と李白の「静夜思」でした。
| 春眠不覚暁 |
| 処処聞啼鳥 |
| 夜来風雨声 |
| 花落知多少 |
| 牀前看月光 |
| 疑是地上霜 |
| 挙頭望山月 |
| 低頭思故郷 |
先生は二首とも返り点や送りかなが全くない白文のまま黒板に書き、「書き下し文と意味を翌日までに考えて来るように」と言われました。私は家に帰ってさっそく祖父に教えを請うたのです。1888年生まれで当時74歳だった祖父は、返り点の打ち方やそのしくみ、送りかな、意味等も懇切丁寧に教えてくれました。「春暁」のみ書いてみると、
| 春眠 暁を覚えず |
| 処処に 啼鳥を聞く |
| 夜来 風雨の声 |
| 花落ちて 多少を知る |
今考えてみると、私が祖父に勉強を教えてもらったのはこの時が最初で最後だったようです。
さて、翌日、学校の授業で先生から「昨日の課題について出来た者は手をあげるように」と言われ、挙手した者の中から、「春暁」については自転車屋のお嬢さんが指名され、彼女は姉上に教えてもらったということで朗々と答えていました。結句は「花落つること知る多少」と。
私は先生に「花落ちて多少を知る」と読むのではありませんかと質問しました。私の異議申し立ては、却下されたような思いが今でも残っています。
その後、高校の漢文教科書で、また後年市販の漢詩解説書を求めてそれで勉強しても、「花落つること知る多少」とか、「花落つること知んぬ多少ぞ」と訓読してあるのです。また、「花落つること多少[おお]きを知る」では短絡的で味気ない、とも解説してあります。
しかしながら私は「花落ちて多少を知る」のほうが、日本語としては理解し易く、より正しいのではなかろうかと、実は今でも思いたいのです。
祖父とはその後、漢文漢詩についての話をする事はありませんでした。そして、1969年12月、私が21歳の時、祖父は他界しました。
現在、私がこうして漢詩の勉強をするようになってからというもの、何故あの高校3年間のあいだにでも、祖父と漢文漢詩について語り合う事をしなかったのだろうかと、今は悔やんでいます。ごく普通の農民だった祖父が、いつごろ何処で誰から漢詩を学んだのか、今となっては知る術もありません。
そして、中国旅行の際、みやげ物店の掛け軸コーナーに「春暁」を見つけたときなど、今は亡き祖父のことをなつかしく思い出すのです。


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