投稿・寄稿記事
随想もろもろ
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作家と編集者には酒がつきものだ。ひと昔前まで、行けば必ず作家に会える料理屋やバーがあった。
銀座の「はせ川」「ラモール」「眉」「葡萄屋」「茉莉花」、新宿ゴールデン街の「まえだ」など。今は大半が店じまいしてしまった。「文士の酒は遠くなりにけり」である。
作家のご自宅で、何度も酒をふるまわれたのは、立原正秋さんである。鎌倉の腰越にあった最初の家には、藤沢からチンチン電車の江の電に乗って行った。
いつも、だいたい朝の10時すぎに訪ねた。キチンと着物を着た立原さんは、広い居間の坐り机の前に正座している。大きい机の上には厚い広辞苑と原稿用紙と万年筆だけ。簡素なものだ。
しばらく雑談したあと、「のどが渇きませんか」と、手元にあった小さな鈴をふると、夫人が顔を出す。「ビールを頼む」。午前11時からの酒盛りが始まる。
ビールを2本ほどあけると、「そうだ、この間、金沢の人からもらったうまい酒の肴があるんで、日本酒でいきましょう」となり、熱燗の時間となる。
1時間もすると、「最後の仕上げはサッパリと、ウィスキーでしめましょう」と水割りセットが出てくる。昼間の酒はよくまわる。帰りは腰越海岸に出て、しばらく風に吹かれて酔いをさました。
数年後、家が腰越から鎌倉山に変わっても、酒のパターンは変わらなかった。立原さんが鈴をふると、ビール→日本酒→ウィスキーと、判で押したように規則正しい酒の時間になった。
変わったのはそのあとが一つふえたことだ。酒が一段落すると、立原さんは「ちょっと下まで手紙を出しに行ってくる」と、私と一緒に外に出た。着物で下駄ばき、若い頃から剣道をしているという長身の立原さんの着流し姿は、まことに粋なものだった。歩く姿勢がいい。
一緒に外に出て、坂道の下のバス停へ向かう。と、そこに一軒のそば屋がある。「ここのそば、なかなかいけますよ。いい日本酒もおいてあるし、口直しに一杯だけどうですか」ということになって、またその店で腰をすえることになる。
飲みっぷりのよさ、さかずきを口に運ぶしぐさの端正さに、いつも感心したものだ。それにくらべると、私の酒の飲み方はただただ胃の中に酒を流しこむ、という何とも雅のないものに思われた。
あるとき、梅の時期だったから、二月の末あたりだったか、立原さんは酒を飲みながら足をくずして、何と着物をまくって白いスネをむきだした。
「日本酒をよく飲むせいか、冬になると足がかゆくなってたまらない。原稿を書きながら、無意識のうちにスネ毛を抜いて、ツルツルになってしまう。それが、早春、梅の時期になると細かいウブ毛が芽生えてくるんです。ほら、見えるでしょう、ウブ毛が。これをみると、ああ、今年もまた春が来たなあ、と季節を感じるんですよ」
あんなに酒の好きな作家はいなかった。


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