全日本漢詩連盟 The All Nippon Classical Chinese Poetry Association

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(2010年05月15日)

山(エベレスト)と漢詩

神の棲む世界を仰ぎ見たとき
常務理事  桜庭慎吾

学生時代、北海道の山を渉獵した他は現役時代に北アルプスの立山に籠った一時期を除いて殆んど山行はやらなかった。

今回は「山と漢詩」と題して、ヒマラヤ・トレッキングを詠んだ詩三首を紹介したい。山行中は辞書を携行しないので、メモを取る程度で漢詩は出来ない。1~2年間熟成するのを持って詠んだものである。

今から丁度7年前、67歳の誕生日に成田を発ちバンコック経由でネパールの首都カトマンズに向った。タイには船乗りを勤め終えたバンコック住まいの大学の先輩が出迎えてくれた。小生の現役時代からヒマラヤのトレッキングに来い来いと誘われており、ようやく約束を果たす山行であった。

カトマンズからは16人乗りの小型飛行機で40分足らず、標高2,800メートルの山中に拓かれた空港へ到着。ここから愈々トレッキングの開始である。

山路をゆくトレッカー達は皆リュックサックを背負い、或いはポータに担わせて、徒歩でゆく。村人と荷を運ぶヤクの往来する路を、登山者は通らせてもらう感じである。

エベレスを観にゆく為のトレッキングは山容が大きいことから、一日の行程中の標高差はせいぜい5~600米程度であり、丁度浅間高原をゆくような感じである。

然し標高3,500米ぐらい、丁度富士山の八・九合目ぐらいの高度になると、空気が薄くなって来たのを実感する。

望珠穆朗瑪峯  チョモランマ峰を望む 作者名です
登攀十日氣逾稀 登攀十日気逾よ稀なり
累累石原朝露晞 累々たる石原朝露晞[かわ]
廣漠冰河侵蝕谷 広漠たる氷河侵蝕の谷
珠峯絶頂雪煙飛 珠峰の絶頂 雪煙飛ぶ

エベレストのことをチベット語でチョモランマと云う。巨石の累々と続く山径は、荒涼たる景色。生き物は岩石に付着する黒苔だけ。丁度、大氷河時代と云われる洪積世(170万年前~2万年前)の時代のなかに身を置く。緑と水の豊富にある沖積世の平野に育った者の眼には眼前に拡がる広漠とした岩と氷雪の世界は異次元の世界に映る。

標高7,870米のヌプッエ峰の直下、雪に覆われた西稜からは雪崩が絶えない。氷河の源流はここだったかと実感する。雪崩と共に岩肌は削られ、浸食谷が生成される様子がはっきりと判る。そしてヌプッエの後方にちらっと雪煙を吐いているエベレストの頂上が窺える。

珠穆朗瑪峯  チョモランマ峰
大斧劈開崩地維 大斧劈開し 地維崩れ
天楹破折此峯遺 天楹破折し 此の峯遺る
斜陽映出金崖壁 斜陽映し出す 金の崖壁
恰宿神仙千古奇 恰も神仙を宿し 千古奇なり

中国の古代神話に大地の四方をつなぐ綱と、天を支える柱があったとある。大地を維持している綱が大斧で切られ、その時の劈開面がエベレストの西壁となり、また荒々しいその山容は天柱が折れた時の姿をそのまま遺しているように思え、また洪積世に誕生した人類が見た広漠たる風景の記憶が、中国の古代神話に語り継がれたようにも思えた。

標高5,600米のカラパタールから眼前を覆うように聳えるエベレストの西壁に対峙したとき、此処は人間の住む世界ではなく神の棲む世界であると暫く茫然としていた。

珠穆朗瑪遭難碑 チョモランマ遭難碑
雲上幾千尺 雲上幾千尺
珠峯遠望墩 珠峯遠く望む墩[とん](=丘)
転句を入れてね 雪崩何んぞ避け得んや
結句を入れてね 石を累[かさ]ね 雄 魂を慰む

30年間、世界の一流の登山家の挑戦を拒み続けてきたエベレスト。75年後にエベレストの稜線直下の氷河から遺体が発見された英国の登山家マロリーは、生前 Because it is there. と答えたという。

エベレストはこの様に世界の登山家の憧憬である。エベレストを望む氷河堆石の丘に遭難した岳人達の慰霊碑が多数建っている。後継の登山家やトレッカー達はその丘を過ぎる時、石を積み累[かさ]ね自然とケルンが出来てゆく。

エベレスト連峰─右がエベレスト、左がローツエ
エベレスト連峰─右がエベレスト、左がローツエ

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