特別企画の記録集
投稿論文
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二松学舎大学漢詩コンクールの
高校生の入賞作品の講評
平成18年に二松學舎大学主催で高校生及び大学生を対象に学生漢詩コンクールが実施され、昨年まで既に三回行われた。
審査を担当した一人として、特に高校生の入賞作品について同大学発刊の小冊子に講評を続けて書いたが、全日本漢詩連盟の会員諸氏にも紹介したいと思い更めて筆を執った。
尚、詩は既に会報に掲載されたものもあるので、重複の場合は容赦願いたい。
| 待望雲師送雨来 | 待望の雲師 雨を送り来り |
| 遥空漸漸起風雷 | 遥空漸々[ぜんぜん] 風雷起る |
| 蘇生草木天公力 | 草木を蘇生せしは天公の力 |
| 喜色農人叫快哉 | 喜色の農人 快哉[かいさい]を叫ぶ |
この年の課題は「空」である。「空」は、日本では「そら」であるが、漢語の場合には、一字では「くう」、つまり「空間」であり、「むなしい」である。
「空」の上に、「寒」とか「高」とか「碧」とかが付くと「寒いそら」、「高いそら」、「碧いそら」などになるという、初心者にとっては少々厄介な字であるし、従って誤用も割合多く見られる。前置きはこの位にして詩を見よう。
起句は、雨が降って来たのを「待望」しているが、その後の句を見れば夏の詩であることが分る。雲を表現するのに「雲師」という些か格式張った熟語を使い雨という主役を登場させた。
承句は、「遥空」─遠い空[そら]─から「漸漸」─だんだんに「風」や「雷」が近づいて、雷雨が大地を霑した。このように起句と承句の役割りを分担させて、次の転句へ引継ぐ情景描写を完成させた。
転句は、前の二句の出来事により人間なら息も絶え絶えになっていたような草木が一挙に蘇えるのは、これこそ「天公力」─自然のはたらきの偉大さだと詠じた。転句の下の此の三字により、正に詩に精彩が与えられたのである。
そして、結句で農家の人達が大喜びをしている─「叫快哉」─様子が生き生きと表現されているが、冒頭の「待望」と相俟っての相乗効果が見られ、若い人らしい活気ある力強い詩になった。
| 読書居室裏 | 読書す 居室の裏 |
| 晩夏在家郷 | 晩夏 家郷に在り |
| 雲起遮残日 | 雲起りて 残日を遮る |
| 雷声白雨涼 | 雷声 白雨涼し |
ご覧の通り、五言絶句である。五言絶句は僅か二十字で言いたいことを纏めなければならないので、七言絶句に較べてずっと難しい。つまり含蓄が求められるのである。
この詩は、夏の雨を淡々と詠じている。結句の「雷声白雨涼」を要領良く前の三句から導き出した。
起句は「居室」で本を読んでいるのだが、次の承句は夏の終りの「家郷」に居るとした。つまり、この詩の起句と承句の場面の提起が逆である。
然し、前後をこの様に逆にすることは一種の技法で珍しくはない。この詩では作者が起句の情景を、より重視したのである。
但し、この二句は殊更に故郷に居るという説明になる上、少々くどいが、作者が何処に居て、何をしているのか状況は良く分る。
これに続く転句では、天空に何が起ったか。換言すれば、家の中の描写から一転して、外で起ったことを言ったのである。雲が出て来て晩夏の天空に輝く「残日」を遮ったとした。つまり雲が天を覆ったのである。
結句では、そして、その天では雷が鳴り、「白雨」─夕立が降り、我が家にも涼しさを齎[もたら]したとあっさり結んだが、転句から結句への場面の転換の描写は、余計なことを言わずに、スムースである。
恐らく、作者は含蓄など余分なことを考えず、「空」という字を出さずに、サラッと詠ずることに専念した結果の詩であろう。そして、涼しさを満吃し、喜んでいることが分る。少女らしく、あっさりとした淡泊な味の詩である。
| 鶯愁蝶怨落花時 | 鶯は愁い蝶は怨む 落花の時 |
| 寂寞傷春説向誰 | 寂寞として春を傷むを誰に向って説かん |
| 何耐思君雲樹遠 | 何ぞ耐えんや君を思えば雲樹遠し |
| 飄紅無限入新詩 | 飄紅 無限 新詩に入る |
この詩は、直接は「そら」は出て来ないが、多感な年頃の女性の気持を晩春の景に上手に託した。
起句は「鶯愁」と「蝶怨」と対語[ついご]にしておいて、何故そうなるのか、下の三字につなげた。それは花が散ってしまう時だからと詠じ、上四字と下三字の連携が巧みである。このように起句で先ず舞台装置を作った。
そして、承句で春を送る感傷を詠じた。「寂寞として春を傷むを誰に向って説かん」とする読み下し文も甚だ調子が良い。(一般に、読み下しの調子が良い句は好句であると言われている。)
このように起句で風景と承句で心情を演出したが、このつながりが上手い。こうしておいて、転句で春の愁いを具体的に述べる。
転句は、承句で言うような、単に逝く春を傷んでいるのではなく、「君」のことを思うにつけても、「雲樹」─天を征く雲にとどくほど聳える高い樹─は遠くにあるだけだとした。
「雲樹」は親しい人を思う時の道具立てをする場合に用いられるが、遠くに居る君を思うさまに、そつが無く使われている。
結句は、再び情景描写に移り、限り無く紅花が翻えるのを詩に詠じようと結んだ。これは風景であると同時に、自分の春を送る情が無限であるという心象風景でもある。
若い女性の春を餞る、やるせなさや甘い感傷が詠じられた詩である。
翌年と翌々年の詩は、次号以下に紹介する。尚、学年は当時の侭のものである。念の為。


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