特別企画の記録集
投稿論文
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『圓機詩学活法』は「韻学之部」と「詩学之部」に分れる。前者は韻府で『詩韻含英』等と同類のものであるが、これらの韻府とはやや異る特徴がある。此の点に就いては、今回は触れず、後者に関して述べてみたい。
「詩学之部」は、天文・地理・人事・花草・鳥獣等の部門に分れ、可成り厖大な内容を蔵しているので、作詩の際に甚だ便利である。但し、字に平仄の符号が附けられていないので、平仄が分からない時は一字ずつ辞書を引く手間が掛る。その煩瑣を厭わなければ、それなりの内容の詩が出来る筈である。
其処で、これを使って詩を作ってみるが、併用する韻府は、今回は『詩韻精英』(以下『精英』とする)を使う。題は「中秋十六夜月」とする。此の稿を書き始めた今夜は、正に十六夜である。此の題の詩は、当然の事ながら昨夜の十五夜に較べて月が少し欠けていることを何処かで言わなければならない。これが最も肝心である。
さて、雨の止んだ東の空に昇って来た月を眺めているが、その窓辺の状況描写を含めて作ってみよう。その為、何か手懸りになるのを探すと、『圓機詩学活法』(以下、単に『活法』とする)「一之巻」10頁左葉中央の辺りに「十六夜月」の項目がある。此処に幾つもの例が見られるが、冒頭に「二八秋」という句がある。これを脚韻として起・承・結句の何れかに使ってみる。つまり、脚韻が尤韻に決った。─因に、此の句は『精英』には無い。─
然らば、これを何処の句に使うかを考えねばならない。其処で、仮に起句で使うことにして、前述の風景を入れて、
雨霽風淸 二八秋
の句を得た。然し、考えてみると、最初から十六夜であることを言うのはストレート過ぎるかと考え直し、他の句に使うことにして、起句は状況描写だけに止めた。即ち、下三字を変えて次のようにした。
雨霽風淸蟲語柔
中秋ともなると、虫の声も喧噪さが収まり幾らか穏やかになろうというものである。この句の上四字は『活法』三之巻2頁右葉の「新秋」の「大意」に対語の形で出ているのを使った。又、下三字は『精英』489頁「柔」にある「鳥語柔」の鳥を虫に変更したものである。
次に、承句に移る。此処では、月に登場して貰い、その光が家の中に差込んでいる。つまり、月が窓から覗いているとした。即ち、「素娥(月の中に住んでいる伝説上の仙女・転じて月)窺處」と上四字を作った。そして、下三字を「半簾鉤」とした。纏めると、
素娥窺處半簾鉤
となる。擬人化した月が窺[うかが]っているのは、半簾の鉤だとしたが、実は「簾鉤」は、簾をまきあげてとめるフックであるから、窓そのものではない。然し、窓に附属しているものであるから窓を連想出来よう。そして「半簾」は、簾を半分まきあげていることだから、この句の下三字は、半分簾をまきあげた窓と言える。
「素娥」は、『活法』一之巻6頁左葉の「月」に「玄兎素娥」とある下二字、「窺處」は『精英』89頁、「窺」の「月華窺」の例を参考に使った。「簾鉤」は『精英』498頁の「鉤」の例句の中にあるが、これに筆者が「半」を加えた。
さて、転句を作る順になったが、此処で初めの方で述べた十六夜月の特徴を言わなければならない。再び、『活法』一之巻「十六夜月」の項を利用しよう。其処で、10頁左葉の終りの方に「嬋娟已有一分虧」という例が掲載されているが、「虧」は平字の為、「缺」に変え、更にその侭使うのではなく、少し捻ってみる。
筆者が見た処、十六夜月は十五夜と殆ど変りはないので上二字を「等閑」(物事に意をとめない、どうでもよい)にした。つまり、少し欠けていても明月には変りはないから、「一分の欠け」はどうでも良いではないか、気にしなさんなと言いたいのである。「等閑」は、同じ頁の少し前に「等閑看」の例があり、この上の二字を使った。即ち、転句は次のようになる。
等閑已有一分缺
此処まで来て、読者は既にお分りと思うが、未だ「二八秋」を使っていない。筆者は結句の脚韻として使うように温存していた。これを導き出す為に、転句を前述のように作り、伏線とした。そうすると、上四字をどうするか。『活法』をあれか、これかと眺めていたが、適当な語が無い。
その時、頭にふと浮んだのが、上杉謙信の「九月十三夜陣中作」の承句「数行過雁月三更」である。この句の中から「過雁三更」を思い付いた。其処で結句は次のようになる。
過雁三更二八秋
所々、『活法』にも『精英』にも拠らない語や句があったが、この詩を纏めると、次のようになる。
| 雨霽風淸蟲語柔 | 雨霽れ風清く虫語柔らかに |
| 素娥窺處半簾鉤 | 素娥窺う処 半簾の鉤 |
| 等閑已有一分缺 | 等閑にす 已に一分の欠ける有るを |
| 過雁三更二八秋 | 過雁三更 二八[にはち]の秋 |
今回は、2冊の本を使い乍ら詩を作ってみたが、果して読者の参考になったか否か、些か内心忸怩たる思いがある。前回も触れたが、あれこれ眺め、適当な語や句を探すのは、矢張り慣れるより仕方が無いと思われる。
尚、『精英』にも平仄の符号が附けられていない。然し、良く見るとヽの符号が有って、これを境に上に附く字の平仄を判断することが出来るが、慣れないと分り難いし、下に附く字の平仄については符号が無い。(注参照)従って、右に述べたように自分で会得して欲しい。
文章で使い方を述べるのは、面と向って相手の反応を見極め乍ら言うのと異り、隔靴掻痒の恨み無しとしないが、あれこれ迷い乍ら作っている裡に段々に慣れてくるであろうから、根気よく試行錯誤を繰返し、自家薬籠中のものにして頂きたい。
注 例えば、東韻の「風」は15頁以下にあるが、同じ頁に「清風」は「清─」とあり、良く見ると清は平字であることが示されている。次の頁に「風馳」は「─馳」とあるが、下の馳には平仄の符号がついていないので、何れか分らない場合は辞書で確認しなければならない。