全日本漢詩連盟 The All Nippon Classical Chinese Poetry Association

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(2005年10月28日)

才気煥発の正岡子規

次は安積艮斎(1791-1860)の詩。この時代のNo.1は賴山陽、同時代人には中島棕隠、広瀬淡窓、太田南畝などがいた。

王子村晩歸
緑樹冥冥日已斜 緑樹冥々として日已に斜なり
炊煙揺曵兩三家 炊煙揺曵す両三家
數聲雲雀知何處 数声の雲雀知る何れの処ぞ
一路薫風野菜花 一路薫風野菜の花

緑の木々が暗くおいしげって、日がだんだんと沈んでさらに暗くなる。夕食の炊事の煙がゆらゆらとゆらめいている、二軒三軒の家がある。陶淵明にもこういう詩がある。ひばりがチチチとどこで鳴いているか知らない。一筋の道、いい風が吹いている。野菜の花という言葉はとても新鮮。このあたりの農家の風景が、よく描写されている。

艮斎の影響を受けた詩。少しとんで正岡子規(1867-1902)を見る。江戸第4期の流れは、明治20年位までつづいている。

郊外
竹籬菜園両三家 竹籬菜園両三家
簷角紅桃蒸彩霞 簷角の紅桃彩霞蒸す
幽鳥飛過王子路 幽鳥飛び過ぐ王子の路
村童爭見美人車 村童爭い見る美人の車

なかなか才気煥発だ。竹垣近く菜園がある家が二軒三軒。のきの角に紅い桃が咲いている。あやのかすみが蒸し上っているように見える。彩霞は朝やけ夕やけのこと。幽鳥飛び過ぐ王子の路、がおもしろい。次の美人の車をひき出すはたらきがある。王子村と王子をかけて洒落た詩にしている。固有名詞をうまく使っているのが見どころ。美人の車と王子の路がぴったりあっている。

またもどって隅田川の話。

広瀬旭荘(1807-1863)は、広瀬淡窓の弟で25も年がちがう。父子ほどちがう。賴山陽などより一つ時代があとになる。この時代の人では山田方谷。経世家としても有名だが、詩人としてもすぐれている。弟子の三島中洲より山田方谷の方が、詩人としては上かなと思う。

ついでに言えば、三島中洲も90年の生涯で2700の詩をつくっており、大正7年まで生きた。激動の時代を丸ごと生きた人だ。明治御一新のとき、中洲は39歳。方谷と中洲は25歳年がはなれている。中洲は旭荘よりもう一つあとの人。


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