特別企画の記録集
講演会の記録
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次は土佐の殿様、山内容堂(1827-1872)の詩。
| 水樓酒罷燭光微 | 水楼に酒罷[や]んで燭光微かなり |
| 一隊紅粧帯醉歸 | 一隊の紅粧酔を帯びて帰る |
| 繊手煩張蛇眼傘 | 繊手張るを煩わす蛇眼傘 |
| 二州橋畔雨霏霏 | 二州橋畔雨霏々たり |
一隊の紅粧はたくさんの芸者のこと。繊手はなよなよとした細い手。その手が蛇の目傘を開く。
二州は両国。両国橋のあたりは小雨である。その中を蛇の目傘の芸者が帰っていく、という竹枝詞だ。
最後は明治生まれの文豪・永井荷風(1879-1959)。
| 黄昏轉覺薄寒加 | 黄昏転った覚ゆ薄寒の加わるを |
| 載酒又過江上家 | 酒を載せて又過ぐ江上の家 |
| 十里珠簾二分月 | 十里の珠簾二分の月 |
| 一湾春水滿堤花 | 一湾の春水満堤の花 |
載酒は畢卓が舟で酒を飲んだことを杜牧がうたっている。中国の一里は500メートル。珠簾は料亭がずらりと並んでいるさま。この句は句中対になっている。いかにも艶冶な気分がよくでている。
二分の月はにぶんの月と読む。「天下三分明月夜 二分無頼是揚州」という杜牧の句がある。世の明月を三つに分けて、そのうちの二分(三分の二)は揚州にある、と誇っている。それを借りてきた。
この詩は荷風が作った漢詩の中で、ホームランといっていいほどの最上の句だ。荷風は漢詩をやめて小説の方に行ったが、もしつづけていたら、漢詩でも一家を成したにちがいない。